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2010年6月 1日 (火)

ドイツから直行便で シリーズ9

相賀 昇

(あいが のぼる/日本キリスト教団田園都筑教会 牧師)

 前回の文中でも登場したマーゴット・ケースマン監督(51)であるが、この人が昨年10月、女性教職としては初のドイツ福音主義教会(EKD)評議会議長に就任した。まさにドイツ・プロテスタントのキリスト者2500万人を代表する要職に就いたということで、今回そのあたりの話題性をリポートしようかと思っていた矢先、去る2月24日(水)のことだが、彼女がハノーファーで記者会見し、同議長職とともにハノーファー領邦教会の監督職をも辞任したと聞いて本当に大きな衝撃を受けた。 

 

 就任後わずか4ヶ月にしてこのような事態に至った原因はというと、前の週の20日(土)夜、ハノーファーで個人的な約束を終えて公用車を運転していたところ、赤信号を無視して警察の取り調べを受け、その際0.154%のアルコールが血液中から検出され、飲酒運転の嫌疑がかけられていたことによる。ドイツでは血中濃度が0.111%を越えた場合、無条件に運転不能とされ犯罪行為と見なされる。 

 さて苦渋の辞任会見は約5分、文章にしてA4一枚ほどだが、ケースマンはこう切り出した。「私は重大な過ちをしました。そしてそれを心底悔いています。私は領邦教会監督及びEKD評議会議長としての職務と権威を傷つけたことを見過ごすことは出来ませんし、また見過ごすつもりもありません。倫理的かつ政治的な挑戦を掲げて判断を下すという自由を、私はこれから先かつてのようには持ち得ないかもしれません」。 

 さらにケースマンは「私は10年以上にわたって身も心も監督であり、すべての私の力をこの課題に捧げて来ました」と述べ、今後はハノーファー領邦教会の一牧師として留まり、按手礼を受けて以来25年にわたって培ってきた経験をまた別の場所で生かしたいと語った。後半はもっぱらこの時まで祈り支えてくれた人々への感謝の言葉が続くが、最後に4人の娘たちがこの決断を実にはっきりと支持し共にいてくれたことに感謝しつつこう結んでいる。「先行してきた危機から私が知ることは『お前は神の御手よりも深きに落ちることは決してない』ということです。私はまた今日この信仰的確信に対し感謝しています」。 

 この不測の事態に直面してEKDの指導層は、ラインラント領邦教会総会議長N・シュナイダーを議長代理とし、正式な選挙を今年11月のEKD定期総会にて行うことを決定。EKD総会議長を務める K・G-エックハルトは連邦議会の副議長職にある要人だが、シュナイダー議長代理と共に次のように辞職を惜しむ思いを表した。「彼女の神学的、社会政治的、そして共同社会政治的な見解における直線性と明晰さがドイツ福音主義教会に欠けるであろう。ケースマンの辞任はドイツのプロテスタントにとって大きな損失である」。 

 一方、ヴィッテンブルクの著名な神学者F・ショルレマーは、また違った観点からケースマンの職務と結びつくストレスを強調していた。彼はケースマンの行動を「ブラックアウト」(一時的記憶喪失状態)と呼んで、「残念ながら、それは長期的ストレスにさらされる公職従事者にいつも起こる」としている。 

 無論そこにはさまざまな憶測や評価が可能であろう。しかし私は会見の中で彼女がシラ書の聖句「お前の心に助言するものに留まっていよ」(37,17)を引用したことに注目したい。ケースマンの発言は歯に衣を着せないところがあり、つい最近では新年礼拝の説教でドイツのアフガニスタン派兵を非難、逆に多くの厳しい批判もまた受けてきた。しかしそのような批判に対峙しうるのは、個人的な信念や確信が周囲から全く制約を受けることなく認められるときに違いない。それゆえたとえ職務にとどまることが可能だとしても、この事件があった以上、自分にはもはや不可欠の権威が伴わない、そういう倫理的な促しがあったということではないだろうか。その意味で、聖職にある者は「人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって」(ガラ1:1)立てられることを改めて思わされた出来事だった。

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