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2010年12月 1日 (水)

指導者養成講座『クラッパート合同牧師研修会』報告

与那城 初穂(よなしろ はつほ/日本基督教団流山教会牧師)

 9月6日(月)から9日(木)の4日間、聖公会ナザレ修女会エピファニー館を会場にて、第2回目となる「クラッパート合同牧師研修会」が行われました。主題は「旧約聖書と新約聖書の関係」。講師のベルトールト・クラッパート教授を含め、全国各地から20名が集いました。朝の礼拝にはじまり、午後9時までが1日のスケジュールとして組まれていましたが、詰め込まれているという感じはなく、参加者どうしの自然な交流も生まれた研修会となりました。全てを網羅することはできませんが、その一端をご報告いたします。

 クラッパート教授は旧約聖書を「第一の契約の書」と呼び、救い主イエスがこの第一の契約の書とユダヤ教に属しているという話から始めました。旧新約の関係はわかっているつもりでいたのですが、わたしの中で旧約と新約の比重が明らかに違っていることに気づかされました。それはたとえば旧約を省いた新約のみの聖書、あるいは新約に旧約の詩編のみを加えた聖書を、部分的な聖書であるといった認識をもってとらえたことがないことにも表れています。救い主イエスが「第一の契約の書」を読み、生きたことを考える時、イエスがユダヤ人であったという当たり前の事実を再認識させられました。旧新約聖書を等しく一貫したものとして読まないと、受肉した神の言葉であるイエスを、時代や地域を越えた抽象的な人間としてとらえてしまい、「生」のイエスの姿を薄めてしまうことにつながりやすくなるのです。 

 この研修会ではクラッパート教授の講演だけでなく、出席者による発題の時間も設けられました。前半の2回は日本の教会での旧約聖書をテキストとした説教に関する発題がなされ、後半には聖餐と牧会がトピックとしてあげられました。よく用意されたレジメと発表を聴くことができ、クラッパート教授はそれぞれの発題に対するコメントも丁寧にしてくださいました。発題の中で、研修会前から個人的に関心のあった「聖餐」について、クラッパート教授は、聖餐にあずかるべきではない一例として、戦時中のナチス党員を挙げたことが印象的でした。たとえその党員がキリスト者であっても、戦争、ホロコーストという犯罪に自らすすんで加担しているからです。自らの生き方を問われる厳しさがそこにはありました。 

 この研修会の魅力は講演、発題による学びだけでなく、開会、閉会礼拝をはじめ、プログラムが始まる際にもささげられた賛美にもあります。この研修中に、実行委員によって新しい賛美歌も生まれました。講演の中で「イサクの縛り」という言葉が紹介され、愛する息子イサクを殺して神にささげるためにイサクを縛る父アブラハムと縛られる子イサクの苦悩、試練がイエスの受難においても繰り返され、今もなお繰り返されていること、そこに人を痛めつけるのではなく共に苦しむ神がおられることが語られましたが、それを受けての賛美歌でした。さらに、リタージカルダンスを初めて体験しました。賛美にあわせ、お手本を見ながら体を動かしていきますが、思うように体が動きません。閉会礼拝では賛美歌の歌詞にあわせたリタージカルダンスがささげられ、出席者が自由にダンスをささげる場もありましたが、足が動かず、解放され全身で神を賛美することができない自分を発見しました。 

 多くの学びと発見が与えられた4日間でした。第3回目の合同牧師研修会が開催されることを願っています。

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